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INTRODUCTION

両親の別れた日、カンナは忘れ物を取りに学校へ戻る。校内の歌声に誘われて着いたのはミュージカル部だった。

​「夏休みの間私たちのたった一人の観客になって」と頼まれた彼女は、迷いつつも部室へと通い始めるのだが————

​戦後70年を胸に市街地の空襲で焼け落ちて再生した梅光学院(山口県下関市)で作られた。監督はこの空襲を記録した写真を取り入れるとだけ決め、あとは白紙からスタート。重苦しく語らずエンターテイメントとして届くようミュージカルの道へ向かう。

参加を希望した中高生40名(中1〜高2)とワークショップを1ヶ月間重ね、こぼれ落ちたものを拾いながら適性を見極める日々が送られた。そこから物語が産まれ、歌が生まれ、キャストとスタッフが振り分けられた(70年前の写真を撮った写真家のひ孫も偶然に参加していた)。

​出演、作曲、演奏、振付、撮影、録音、照明、他を中高生40名が手がけた映画(77分)となった。

​監督・脚本・撮影・編集 ​柴口 勲

1967年生まれ、山口県下関市在住。42歳から映像制作を始めたサラリーマン。下関市芸術文化振興奨励賞。「月日貝」金子みすゞショートムービーコンテスト(グランプリ)。「ひこうき雲」PFFアワード(福岡賞)、新人監督映画祭(短編グランプリ)、他。

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この作品は梅光学院の生徒40名と一緒に創ったオリジナル・ミュージカル映画です。冗談でも嘘でもなく、彼女らがマイクを構え、照明を当て、カメラを回し、劇中歌を作曲し、演奏し、振付けしています。

とはいえ僕らの船は順風満帆な旅路にはありませんでした。中高生の好奇心は旺盛です。でもすぐ飽きちゃうし、嘗めてしまいます(笑)

先へ進めば道が開けるのではなく逆に閉ざされていく、そんな感覚に陥りました。彼女らも、僕が何を撮っている(カットの積み重ねがどう繋がる)のか解らずに霧の海原を漂っていたかもしれません。

それでも船は港に着きました。個々が少しずつ優しさを持ち寄り、それが重なり合って完成したのです。あと、JK​相手に僕が大人気ない船頭で居続けたことも役立ったかと(涙)

Director

Story

Production Note

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